「こんにちは、よろしくお願いします」。レジの奥から出てこられたのは、グレーのつなぎ姿にキャップを少し斜めに被った社長の向山勝彦さん。なんだか勝手にイメージしていた町の電気屋さんという感じではない。
「会社の制服っていうのも作ってないし、そういうのに縛られるのも好きじゃない。社員にも経費で払うから作業ができる好きな服を買ったらいいよと言っています」
良い意味で肩の力が抜けたラフさ。初対面だが懐かしい同級生に会ったような、なんだか親しみやすさを覚えた。
気付いたらいつの間にか電気屋に
店に入ると真ん中を境に、左は洋服店、右が電気屋という作りになっている。
「もともとは祖父母の代から店を始めていて、祖父が電気屋をやり、祖母が服屋をやっていたんです。それを電気屋は父が、服屋は母が継いで。そんな家に生まれたんですけど、子供ながらに電気屋になる!と言っていたのは小学生までだったかなぁ。特に継ごうという気持ちも正直なかったです」
忙しく働く親の背中が最初はかっこよく見えたが、段々と都会に目が向き、違う仕事に就きたくなる気持ち。
「医療事務の仕事とか、堅い仕事をしようと思っていたんですけど・・・。気付いたら、なぜかここにいる感じ」と笑い、首をかしげる。
転機は、大学を卒業する頃。父が体調を崩し、「長男だし」と店を継ぐことを決めた。岡山県倉敷市の家電量販店で3年間、販売やサービスをして働いた後、高校時代の同級生と結婚して25歳でUターン。子供の頃と、大人になって働くようになると、島の見え方もがらりと変わった。
「実際に帰ってきて、ほぼゼロからだったんで、何もわからない状態で大変でした。家電を売ることに関しては抵抗なかったけど、まず家電の修理はノータッチだったのでそれを覚えるのと、あと島の人の顔を覚えること。子供の頃は意識してなかったけど仕事になると最初はめちゃくちゃ覚える顔が多くて・・・。正直、必死でした(笑)」
島の電気屋も、昔は3つあったが今は2つに。「電気のことなら向山さんに」ということなのでしょう、忙しそうな父親を見てわかっていたつもりでも、その想像以上に仕事がたくさんあって驚いたそうです。
「こんな田舎で商売できるんかなぁと思うでしょう? せっかくならスローライフを楽しみながら働きたいと思っていたけど、とそれが蓋を開けてみて驚きました」
町の電気屋さんにはいろんな仕事が舞い込む。電池交換ができない、体温計の電池を換えてくれ、電球一個付け替えに来てくれんか・・・。小さな仕事から大きな仕事まで、町の人に頼りにされていると感じる瞬間でもある。
視点を変え、新しい事業に挑戦
「もともと自分は結構保守的なタイプなんで(笑)」。そんな風に言いながらも、家電販売をメインにした事業に、自分で勉強をしながら電気や水道工事まで幅を広げていった。同じ業態で事業を継続する会社が多い中、視点を変えて島にはない業務形態を作り出した。
「田舎の狭い世界で客商売をしていると、お客さんの動向も見えてきて、それを気にしすぎるようになった自分に気づきました。このままこうやって家電販売だけでずっとやっていくのかという思いもあって、だったら今はできなくても、違うことでも売り上げを作ればいいんじゃないかと思ったんです」
思い立ったら行動が早い向山さん。取れる資格は取ってみようと、電気工事や水道工事など5つほど資格を取得。動けば、何かを引き寄せるもの。事業を拡大するタイミングも向山さんにちょうど巡ってきた。
「いろいろな兼ね合いもあって、海士町に電気工事をする会社がいなくなったタイミングでうちが立ち上げたんで、順調に仕事が増えました。家電と少し違う方向を向きたかったんですけど、やってみたら工事の方が楽しいんですよね。お客さんと接する販売業だけでなく、黙々と作業に取り掛かるのも向いているんだと思います」
工事関係の仕事は、地元の大工や工務店から新築や改修の時に電気工事を請け負うことが多く、内線工事や時々水道工事まで行う。電池一個の販売から電気・水道工事までを請け負う懐の深さが今の向山電気の強みだ。
「本当に手が追いつかないくらい仕事をいただいています。すぐに対応できなくて断らざるを得ないこともあるほどで、正直、従業員が増えたら嬉しいです」。新しい体制を組み、事業を充実させていくことを目指している。
島で長く働いてほしい
今は、従業員1人と二人体制。4年目の宇野稔貴(としき)さんは、松江市から移住してきた26歳で、前職も工事の仕事をしていた。
「自分は人を縛るのも好きじゃないし、教えるのも得意じゃない。あまり干渉しすぎることもないし、本人がいいようにしてくれたらいいんじゃないかなぁ」と話す向山さんの隣で、「働きやすくさせてもらっています」と宇野さん。お互いどんな話をするんですか?と聞けば、「う〜ん、なんの話するかなぁ。二人ともアニメが好きなんで、今シーズンは何を見た?とか。そんな感じですよ」
少し歳の離れた友達のような会話。二人の絶妙な距離感が、この会社らしいところなのかもしれない。
「断っている工事をやっていくことが最優先。人が増えると、二人いれば3倍、4倍の力が出ると思うので、持てる現場が確実に増えますから。あと、仕事はもちろん、島暮らしにも慣れてほしいですね。海と山くらいでなんもないですけど、うちも小学生と保育園児の3人の子供たちが伸び伸びと育っていて、子育てにはいい場所だと思います」
父親の顔を覗かせる向山さん。窮屈だと感じていた人間関係も、子育てや仕事を通して今となっては安心感にもどこか繋がっているそう。
「お互いに知らないことはないですよね、多分どこに行っても。気が楽なのもありますし、多分なんかあった時にはそれがいい方向に向くんじゃないですかね。困った時に助けてもらうことは、将来絶対あると思っています。でも、そういう人間関係の狭さや距離感の近さはあるので、そこも含めて島に慣れて、長くいてくれると嬉しいですね」
取材の最後に、作業現場で島に1台しかない高所作業車の仕事を見せてもらった。12mまで伸ばせるはしごがついている。
「そんな高い仕事もそうないですけどね。いちばん伸ばしたのは、子供を乗せた時くらいかなぁ」
車の鍵には、娘さんが写ったキーホルダーが付いていた。向山さんはあまり多くを語らないが、なんだかんだと言って、家族のことも、地元のことも、従業員のことも、そして会社の未来のことも考えている。